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  • 猫の肺がんのお話 ~病気にセオリーなんてないのかもしれない~

    20.11.27(金)

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    みなさんこんにちは。副院長の佐野です。

     

    冬も近づいてきましたが、新型コロナは収束する気配なく、第三波の到来なんて騒がれていますね。

    そんなご時世で私、非常に心苦しいことがありまして。

     

    どうしても咳が出ちゃうんです。いや、コロナじゃないんですけども。

    3~4年前からですかね、だいたい10月くらいから春先にかけて、どうにも止めようのない咳が出てしまうんです。

    ステロイドの吸入薬を処方されてだいぶ減りましたし、季節性のアレルギーで間違いないはずですが、はたから見たら気分は良くないでしょうね…。

     

    来院される皆様にはご不安かと思いますが、風邪やコロナ、インフルエンザなどの咳ではないのでご容赦いただければと思います。

    もちろん、発熱とか他の症状が出ればすぐ対応するつもりです。

    気をつけてはいますが、浜松でも増えてきましたしね。

     

     

    というわけで、ここからが今日の本題なのですが。

    咳といえば…風邪?肺炎?喘息??

    …ではなく、今日は少し珍しい病気の紹介です。

    「猫の肺がん」です。

     

    ヒトでは肺がんは決して珍しくないと思いますが、おそらくそれは喫煙の習慣によるところが大きいと思われます。犬や猫ではヒトに比べると肺がんは少なく、特に猫では非常にまれとされています。

     

    と言っても、実は肺に腫瘍ができること自体はたまにあるのです。それは、「他の腫瘍が肺に転移した」ような場合ですね。

    こういうような状況では、すでに肺に限らず体中どこに転移していてもおかしくないので、基本的に手術で治すということはしません。抗がん剤が効く種類の腫瘍であれば戦うこともできますが、多くの場合はターミナルケアに移行します。

    (ターミナルケア:終末期医療。治癒の見込みの無い患者に対して、苦痛の緩和を目的とした処置を中心に組み立てる治療のこと。)

     

    一方、「肺がん」…つまり別の場所から転移してきた腫瘍ではなく、最初に肺にできたがんについては手術適応になる場合があります。このパターンが猫では非常に珍しいのですが、今回そんな珍しい猫ちゃんがいたので紹介しようと思います。

     

    アメリカンショートヘアの「れん君」です。

     

    れん君、なんとまだ5歳なのです。人間でいえば30代半ばくらい。私とそう変わりませんが、まさか肺がんだとは…。ちょっと恐ろしいですね。

     

    れん君が最初に来院したのは去年の12月でした。

    咳が出る、ということだったのでレントゲンを撮ったのですが、この時点ではそれほど大きな異常は見られませんでした。

    猫が咳を出すのはそもそも珍しいのですが、気管支炎だとか喘息だとか、無いわけではないです。なのでひとまず抗生物質で反応を見ることにしました。

    するとすんなり咳は止まり、何かしら感染性の気管支炎だったのではということで一旦は治療終了としました。

     

     

    しかし今年の7月。

    再び咳が出始め、少し息も荒いということでまた来院されました。

    とりあえずまたお薬かなぁ、なんて思いながら聴診器を当ててみると、なんだか変です。

    呼吸音が聞こえない??どう見ても呼吸はしてるけど…聴診器、壊れたかな?

    …いや、右側からはちゃんと聞こえる…。これ、左の肺が動いてないのでは…?

     

    正直、れん君はかなり怒りんぼなので、できればレントゲンは撮りたくなかったんですけども。笑

    これはどう考えても普通ではなさそうです。撮ってみることにしました。

    すると…

    左肺の後ろの方に、なにやらでっかい白い塊があるではないですか!

    なんじゃこりゃ!と思わず声が出ましたが、落ち着いて自問します。なんだ、こりゃあ??

     

     

    まず思いつくのは横隔膜ヘルニア。胸と腹を隔てている横隔膜が裂けるなどして、お腹の中の臓器(胃とか肝臓とか)が胸にはみ出る病気です。

     

    あるいは、肺葉捻転か…?肺の一部がねじれてしまう病気です。それにより空気も出入りしなくなるし、血流が滞って壊死してしまいます。

     

    年齢が年齢だし、まさか腫瘍ってことはあるまい…たぶん。(そのまさかなんだよなぁ…。)

     

    そんなことを考えながら、今度はエコーを当ててみることにしました。胃や肝臓なら一目瞭然、そうでなければ針を刺して細胞を見てみる必要があります。

     

    すると、何やら液が溜まっているように見えます。胃とか肝臓ではないですね。

    注射器で抜いてみましょう。

    …おしるこのような液体が抜けてきました。全部でなんと100ml近くあります!

    よーし、これを顕微鏡で見れば、この謎の物体の正体が…!!

     

    …わかりませんでした!

     

    壊死した細胞のカスばかりで、もともと何だったのかさっぱりわかりません。

    どうやら感染症ということでもなさそうです。

     

     

    ひとまず溜まっている液を抜くと呼吸は楽になるようなので、しばらくは数週間おきに液を抜くことにしました。

    この時点では肺葉捻転を疑っていました。液を抜いて時間を稼げば、壊死組織はそのうち吸収されてなくなっていくのではないかと期待したのです。

    ですが次第に、抜ける液の量は少なく、また抜いた後に残る影の大きさは大きくなってきて、ゆっくりですが悪化傾向にあると判断しました。

     

    そうなるともう切除するしかありません

    開胸手術は、いつもやっているお腹の手術とは全く違います。肋骨の間を切って押し広げた、その隙間から手術をしないといけません。非常に視界が悪いし、臓器の操作も難しい。

    加えて胸を開くと、手術中は自力で呼吸することができなくなります。人工呼吸を行う麻酔師もまったく気が抜けません。

     

    これは危険な手術になりそうだということで、高度医療センターや大学病院の受診も提案しましたが、なかなかそれは難しいとのこと。

     

    そうですか…ならば仕方ない!気合入れて挑むのみです!

     

    てなわけで、いざ勝負!!(手術の写真が出ます。苦手な方はご注意を!)

     

     

    肋骨を開いてみたらば、もう何かありますね。指さしてる丸いやつが今回の相手です。でかい…。

     

    何とか押しのけて奥の様子を探っていくと、気管支らしきものがつながっています。

    もはや機能は失っているでしょうが、コレはやはりもともと肺だったようですね。

    肺は一つの大きな臓器ではなく、いくつかに枝分かれしています。どうやら左肺後葉という領域が侵されているようです。

     

    気管支を糸で縛って、何とか外に出せました!

    この記事を書きながら改めて写真を見ると、ホントにデカい…よく取り出せたものです。

    10cmはあろうかという肉の塊です。本来肺は空気を含むスポンジのような臓器で、体外に出すと小さくしぼんでしまうのですが、これは全くしぼまない肉塊でした。

    検査センターに送り、病理診断を待つこと10日ほど。

    返ってきた結果は「上皮性悪性腫瘍」…つまり「癌」でした。

     

     

    れん君よく頑張った~!!

    術後の気胸が少し長引きましたが、この後ぐんぐん元気を取り戻し、ガツガツごはんを食べ、シャーシャー怒りながら帰っていきました。笑

    今では家じゅうを走り回っているそうです。

     

     

     

     

    てなわけで、手術は我々のちょっとの頑張りと幸運、そしてれん君の根性によって成功しましたが、肺がんであることが確定した以上、今後もあまり楽観視はできません。

     

    猫の肺がんはそもそも珍しいため、あまりデータが多くないのですが、基本的に長い余命は期待できないようです…。だいたい数カ月とか、長い子で1~2年とか。

    病理診断をしてくれた病理医の先生にもお話を聞いてみたのですが、すべて取り切れているように見えるが、それでも転移・再発の可能性は高い疾患であるとのことでした。

     

    この若さでそんな病気になってしまったのが非常に残念だし、不可解ではありますが、やれることはやったし、れん君もそれに応えてくれました。

    あとはれん君の根性を信じて、元気に暮らしていくことを願うばかりです!

     

    そもそも珍しい病気で、本来ならお年寄りに発生する病気で、見つけたとしても手術に踏み切れないことも多いであろう猫の肺がん。

    れん君は非常に異例づくめの症例でした。

    データもひっくり返してびっくりするくらい長生きする…そんな奇跡ももしかしたら見せてくれるかもしれませんね…!

     

    頑張れ!れん君!!!!

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